猿払事件
<結果・その他> 結果:破棄自判。 <理由> ↓ 国家公務員法102条1項及び規則によつて公務員に禁止されている政治的行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることはいうまでもない。 しかしながら、国家公務員法102条1項及び規則による政治的行為の禁止は、公務員のみに対して向けられているものである。ところで、憲法15条2項の規定からもまた、公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その全体に対する奉仕として運営されるべきものであることを理解することができる。 公務のうちでも行政の分野におけるそれは、憲法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、もつぱら国民全体に対する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解されるのであつて、そのためには、個々の公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の立場を堅持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。 ↓ すなわち、行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。 ↓ したがつて、公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。 ↓ <判断基準> 国家公務員法102条1項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。 ↓ <禁止の目的及びこの目的と禁止される行為との関連性> そこで、まず、禁止の目的及びこの目的と禁止される行為との関連性について考えると、もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損われ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われる。 また、公務員の右のような党派的偏向は、逆に政治的党派の行政への不当な介入を容易にし、行政の中立的運営が歪められる可能性が一層増大するばかりでなく、そのような傾向が拡大すれば、本来政治的中立を保ちつつ一体となつて国民全体に奉仕すべき責務を負う行政組織の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため行政の能率的で安定した運営は阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも重大な支障をきたすおそれがあり、このようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大すべく、かくては、もはや組織の内部規律のみによつてはその弊害を防止することができない事態に立ち至るのである。 ↓ したがつて、このような弊害の発生を防止し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものというべきである。 また、右のような弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであつて、たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない。 ↓ <失われる利益・禁止により得られる利益> ↓ また、その行為の禁止は、もとよりそれに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしたものではなく、行動のもたらす弊害の防止をねらいとしたものであつて、国民全体の共同利益を擁護するためのものであるから、その禁止により得られる利益とこれにより失われる利益との間に均衡を失するところがあるものとは、認められない。 ↓ したがつて、国家公務員法102条1項及び規則5項3号、6項13号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法21条に違反するものということはできない。 ↓ (非管理職・現業公務員の労働組合活動の一環である点) ↓ しかしながら、本件行為のような政治的行為が公務員によつてされる場合には、当該公務員の管理職・非管理職の別、現業・非現業の別、裁量権の範囲の広狭などは、公務員の政治的中立性を維持することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保しようとする法の目的を阻害する点に、差異をもたらすものではない。 ↓ 右各判決が、個々の公務員の担当する職務を問題とし、本件被告人の職務内容が裁量の余地のない機械的業務であることを理由として、禁止違反による弊害が小さいものであるとしている点も、有機的統一体として機能している行政組織における公務の全体の中立性が問題とされるべきものである以上、失当である。 ↓ 郵便や郵便貯金のような業務は、もともと、あまねく公平に、役務を提供し、利用させることを目的としているのであるから(郵便法1条、郵便貯金法1条参照)、国民全体への公平な奉仕を旨として運営されなければならないのであつて、原判決の指摘するように、その業務の性質上、機械的労務が重い比重を占めるからといつて、そのことのゆえに、その種の業務に従事する現業公務員を公務員の政治的中立性について例外視する理由はない。 また、前述のような公務員の政治的行為の禁止の趣旨からすれば、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無、職務利用の有無などは、その政治的行為の禁止の合憲性を判断するうえにおいては、必ずしも重要な意味をもつものではない。 さらに、政治的行為が労働組合活動の一環としてなされたとしても、そのことが組合員である個々の公務員の政治的行為を正当化する理由となるものではなく、また、個々の公務員に対して禁止されている政治的行為が組合活動として行われるときは、組合員に対して統制力をもつ労働組合の組織を通じて計画的に広汎に行われ、その弊害は一層増大することとなるのであつて、その禁止が解除されるべきいわれは少しもないのである。 ↓ のみならず、かりに特定の政治的行為を行う者が一地方の一公務員に限られ、ために右にいう弊害が一見軽微なものであるとしても、特に国家公務員については、その所属する行政組織の機構の多くは広範囲にわたるものであるから、そのような行為が累積されることによつて現出する事態を軽視し、その弊害を過小に評価することがあつてはならない。 ↓ そこで、国家公務員法制定の経過をみると、現行法の110条1項19号のような罰則を存置することの必要性が、国民の代表機関である国会により、わが国の現実の社会的基盤に照らして、承認されてきたものとみることができる。 ↓ その保護法益の重要性にかんがみるときは、罰則制定の要否及び法定刑についての立法機関の決定がその裁量の範囲を著しく逸脱しているものであるとは認められない。特に、本件において問題とされる規則5項3号、6項13号の政治的行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布であつて、前述したとおり、政治的行為の中でも党派的偏向の強い行動類型に属するものであり、公務員の政治的中立性を損うおそれが大きく、このような違法性の強い行為に対して国家公務員法の定める程度の刑罰を法定したとしても、決して不合理とはいえず、したがつて、右の罰則が憲法31条に違反するものということはできない。 ↓ また、公務員の政治的行為の禁止が憲法21条に違反するものではないと判断される以上、その違反行為を構成要件として罰則を法定しても、そのことが憲法21条に違反することとなる道理は、ありえない。 右各判決は、たとえ公務員の政治的行為の禁止が憲法21条に違反しないとしても、その行為のもたらす弊害が軽微なものについてまで一律に罰則を適用することは、同条に違反するというのであるが、違反行為がもたらす弊害の大小は、とりもなおさず違法性の強弱の問題にほかならないのであるから、このような見解は、違法性の程度の問題と憲法違反の有為が問題とを混同するものであつて、失当というほかはない。 ↓ ↓ しかしながら、外国の立法例は、一つの重要な参考資料ではあるが、右の社会的諸条件を無視して、それをそのままわが国にあてはめることは、決して正しい憲法判断の態度ということはできない。 懲戒処分と刑罰とは、その目的、性質、効果を異にする別個の制裁なのであるから、前者と後者を同列に置いて比較し、司法判断によつて前者をもつてより制限的でない他の選びうる手段であると軽々に断定することは、相当ではないというべきである。なお、政治的行為の定めを人事院規則に委任する国家公務員法102条1項が、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を具体的に定めることを委任するものであることは、同条項の合理的な解釈により理解しうるところである。 右条項は、それが同法82条による懲戒処分及び同法110条1項19号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に委任するものであるからといつて、そのことの故に、憲法の許容する委任の限度を超えることになるものではない。右各判決は、また、被告人の本件行為につき罰則を適用する限度においてという限定を付して右罰則を違憲と判断するの…は、法令が当然に適用を予定している場合の一部につきその適用を違憲と判断するものであつて、ひつきょう法令の一部を違憲とするにひとしく、かかる判断の形式を用いることによつても、上述の批判を免れうるものではない。
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<補足>
・間接的、付随的な制約:香城理論(香城敏麿)の影響(小山剛(2016)、p37)
↓
両者は区別すべき
付随的規制:刑法130条とビラ配布の禁止、自然災害を理由とした立ち入り禁止→取材の自由、象徴的表現に対する規制
間接的規制:宗教法人に対する解散命令→宗教的結社の自由・信徒の信教の自由
・間接的、付随的な制約:直接規制よりはゆるい(木村草太2011、p.137-139.)
参考:ビラ貼りの規制のケース
刑法130条:意見表明そのものではなく管理権の保護を目的
↓
意見表明の制約はあるが、行動の禁止を伴う程度での間接的、付随的な制約
特定の意見表明を狙い撃ちして規制するといった不当な目的に濫用される可能性は低い
↓
表現の自由の制約は重大ではなく審査基準も厳格にする必要性はない
(木村草太2011、p.148参照)
・比例原則に親和的(宍戸常寿2014、p.79)・行動を伴う言論の規制(宍戸常寿2014、p.148-149.)
行動を伴う言論=表現内容中立規制に含まれる→合憲性判断には厳格な審査は行わない
判例の見解:公務員の政治的行為:意見表明と行動の2側面がある
→合憲性判断:禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討
※言論と行動の区別→利益衡量
判例の問題点:
行動を伴う言論の規制ではなく表現の自由を直接禁止するものである。(そのため)「この目的と禁止される政治的行為との関連性」を合理的関連性で審査をするのは審査基準として緩やか過ぎる。
→公務員の職種等に応じて目的達成のために最小限な禁止になるようにLRAの基準により審査をすべき(学説)
・駒村圭吾2013、p.109
合理的関連性の審査基準:立法目的との間に合理的な関連性をもつ規制手段であれば、他のより限定的な規制手段があるか否かを問題とすることなく合憲とする。
→合理性と必要性の審査との区別
→利益衡量の判断の中にLRAに相当するものがある
※「国家公務員法102条1項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつて・・・」としている
・駒村圭吾2013、p.18ff
全司法仙台事件-昭和44年4月2日最高裁判決
<参考文献>
香城敏麿(2005):『憲法解釈の法理 香城敏麿著作集 (1) 』、信山社
木村草太(2011):『憲法の急所―権利論を組み立てる』、羽鳥書店
駒村圭吾(2013):憲法訴訟の現代的転回: 憲法的論証を求めて (法セミLAW CLASS シリーズ)、日本評論社
安西文雄・巻美矢紀・宍戸常寿(2014):『憲法学読本』第六章、有斐閣
小山剛(2016):『「憲法上の権利」の作法』、尚学社
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%BF%E6%89%95%E4%BA%8B%E4%BB%B6